脊椎骨などに分化する体節が、発生の過程において一定の時間間隔で形成されるには、細胞間で「体節時計」の同調が必要である。この体節時計の同調は、細胞のランダムな移動によって促進されることが分かった。瓜生特別研究員らがPNASに発表した。
脊椎動物の受精卵は、発生が進むにつれて外胚葉・内胚葉・中胚葉と呼ばれる細胞の集団に分かれる。このうち中胚葉からは、体節と呼ばれる脊椎骨や筋肉、皮膚のもととなる細胞の塊が作られる。脊椎骨は同じような骨がつながってできているが、その一つ一つは体節から分化したものである。
体節形成期の脊椎動物の胚を観察すると、尾側にまだ分節化されていない未分節中胚葉とよばれる組織が見られる。この未分節中胚葉の頭側の先端部分が、一定の時間間隔で次々とくびれとられていくことにより体節が形成される(図1)。例えばゼブラフィッシュという魚では、ほぼ30分間隔で細胞がくびれとられ体節が作られる。脊椎骨が同じような形の骨がつながってできているいるのは、このようにつぎつぎと一定間隔で作られていく体節に由来するからである。
ではどのようにして、一定の時間間隔で体節をつくっているのだろうか?体節のもととなる未分節中胚葉細胞では、ある遺伝子の発現が一定の時間間隔で変化していることが分かっている。この遺伝子から作られるメッセンジャーRNA(mRNA)とタンパク質の濃度は、体節が作られる時間間隔と同じ周期で増減する。つまり細胞の中には「時計」に相当するものがあり、この「時計」によっていつ体節を作るかを決定しているわけである。「いつ」体節を作るかを決定しているため、この遺伝子は「体節時計遺伝子」とよばれる。
ここで重要になるのは「時計」の正確性である。もしある細胞で、体節形成を促すタンパク質の濃度がノイズによって少し増えると、この細胞の「時計」は隣の細胞の「時計」と少しだけ異なった時刻をさしてしまう。このようなノイズが蓄積していくと徐々に「時計」のさす時刻が細胞間でばらばらになってしまう。各細胞の「時計」がばらばらだと、各細胞がばらばらな時間に体節を作り始めてしまい、正常な体節を作ることができなくなってしまう。そこで体節のもととなる未分節中胚葉細胞は、隣の細胞と接触しコミュニケーションすることで、お互いの「時計」をそろえている。
ところが、未分節中胚葉では細胞が活発に移動することが分かっている。各細胞は接触している細胞としかコミュニケーションできないため、移動によって隣の細胞が入れ替わると、コミュニケーションする相手も入れ替わる。相手が入れ替わると新しく隣に来た相手とまた新たに「時計」をそろえなくてはならない(図2)。果たして隣の細胞が時間とともに入れ替わっていく中で、細胞集団全体で「時計」をそろえることはできるのだろうか?
そこで瓜生さんらは、細胞の移動を表現した数理モデルをつくり、細胞移動がこの「体節時計」の同調に与える影響を検証した。その結果、驚くことに隣接細胞が刻々と入れ替わっていく状況においても、細胞は細胞間で「時計」の同期を保つばかりか、細胞移動がない場合に比べ、移動がある方がよりすばやく同期を達成できることが分かった(図3)。これは、移動がないと遠く離れている細胞とは直接コミュニケーションできないため、彼らの「時計」を知ることができず集団全体で「時計」を同期させるのに時間がかかるが、移動することによっていままで遠くにいた細胞とコミュニケーションするチャンスが生まれ、その結果集団全体の同調が早まったためと考えられる。
瓜生さんは、「今回の研究結果によって、理論的には細胞の移動が同期を促進すると分かった。今後はゼブラフィッシュ生体内でこれが成り立つか実験的に検証したい。」と語る。
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