吉岡助教(物理学部門)らの研究グループは、これまで制御が難しかった中性子ビームの加速減速を自在にコントロールし、空間的・時間的に集束させることに成功しました。空間的に高密度に局在した中性子は、様々な素粒子物理実験への利用が期待されています。この研究成果はPhysical Review Aに掲載されました。
物質を構成している原子は、電子、陽子、中性子からできています。中性子は直径が約1fm(10−15 m)ととても小さい粒子です。中性子を飛ばすとビームとして用いる事ができ、今日では物質の構造解析やガンの治療など様々な分野で利用されています。
しかし中性子は電荷を持っていないため電場や磁場による運動の制御が難しく、利用効率が高くありませんでした。
今回、吉岡瑞樹助教(物理学部門)、京大、名大、KEK、理研の研究グループは、勾配を持つ磁場と高周波磁場の組み合わせにより中性子の運動を精度よく制御する事に成功しました。これを用いて中性子の利用効率を向上させる手法を開発し、実験的に実証しました。
陽子や電子などの電荷を持つ粒子であれば電場を用いて加速させることができます。一方、電荷を持たない中性子は電場を使った加速はできません。
中性子の運動を制御するには、小さな棒磁石としての性質(磁気モーメント)を利用します。磁気モーメントは磁場の勾配(空間的な変化)から力を受けます。
これまでに、中性子ビームに横方向から力を加える事でビームを細く絞ることに成功しています。その結果、中性子小角散乱という実験における利用効率が100倍程度向上しています。
この力を進行方向に用いれば、中性子を加減速させることができそうです。しかしこれまでこの原理を有効に使った加減速の制御は実証されていませんでした。
問題は、単純に磁場ポテンシャルを通過させると磁場への入口での力と出口側で働く力の積算が帳消しになってしまう事です。これでは正味のエネルギー変化(加減速)は得られません。
そこで中性子の通過の最中に交流磁場によって磁気モーメントを反転させるようにしました。これにより中性子が感じるポテンシャルを帳消しさせないようにすることが出来、正味のエネルギー変化が得られるようになります。
今回、勾配磁場と交流磁場を組み合わせることで、入ってくる中性子の速度に応じて加減速の大きさを自在に制御できることを実証しました。
また、中性子のエネルギー分布を操り、進行方向に広がっていた中性子を空間的・時間的に集束させることにも成功しました。
この方法を用いれば実験に必要な位置で中性子の密度を増加させることができ、利用効率が格段に向上します。
例えば、素粒子物理学で重要なテーマである『時間反転対称性の破れ』と関係する中性子の電気双極子モーメントの測定では、中性子密度が測定精度の向上の鍵になっており、今回の成果が活用できると期待されています。
実験をしていると良くある事なのですが、どんなに周到に準備をしていたつもりでも現場では予期せぬトラブルが起こるものです。今回は特に外国(フランス)で実験をしていたものですから、そういったトラブルに対応するのが大変でした。交流磁場を発生させる電力増幅器が故障したのですが、急遽業者の方に現地まで来て頂いて修理してもらいました。(実験期間が限られているので、一度日本に送り返して修理している時間がなかった)また、日本で実験している場合は比較的物資の調達が楽ですが、今回はホームセンターへ買い物に行って有り合わせの物で対応する事もありました。下の写真はそういった困難を乗り越え実験終了後に装置の前で記念撮影したものです。
謝辞:本研究は、文部科学省の科学研究費補助金および量子ビーム基盤技術開発プログラム、山田科学振興財団研究援助による支援を受けて実施、KEK物質構造科学研究所の中性子共同利用S型実験課題(2009S03)として採択、遂行されました。
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