気相中に生成した溶媒和金属イオンのクラスターを解析すれば、金属イオン周辺の分子の構造や分子間の相互作用について分子レベルの情報が得られます。赤外分光法により気相中における水和Co+イオンの配位・溶媒和構造を研究し、水和初期過程においてCo+イオンが配位不飽和な構造をとることが明らかになりました。この結果はChemical Physics Lettersに掲載されました。
水溶液中の金属イオンは多数の水分子に周りを囲まれた状態で存在します。この状態を溶媒和(水和)といい、水分子の配置構造を『溶媒和構造』といいます。
金属イオンの中で、鉄やコバルトなどの遷移金属イオンは様々な触媒反応や生体反応において重要な役割を果たしています。これらの反応において、遷移金属イオン周りの溶媒和構造や水分子との相互作用はとても重要であるため、長年関心がもたれており様々な手法で研究されています。
しかしながらそれぞれの手法に一長一短があり、手法によって異なる結果が得られることも少なくありません。溶液中に多数の溶媒分子が存在していることが問題を複雑化しています。
上記の問題を単純化して解明するために、古川さんらの研究グループでは金属イオンと周囲の溶媒分子を気相中に切り出した『気相クラスター』を利用して研究しています(図1)。クラスターとは数個から数十個の原子もしくは分子からなる集合体です。
今回の研究では遷移金属のコバルトに注目し、コバルト周りの溶媒和構造について研究しました。
『質量分析計』と『赤外分光法』という2つの測定方法を組み合わせる事で、切り出した気相クラスターの溶媒和構造を調べることができます。
質量分析計を用いる事でクラスターの質量数を特定し、Co+(H2O)1、Co+(H2O)2といった水分子数の異なるクラスターを区別することができます。ただ、これだけでは水分子の個数はわかっても、水分子の配置は不明です。水分子の配置を調べるために赤外分光法を使います。
分光法とはレーザー等の光を照射して対象物質の構造や物性、反応等を調べる手法です。赤外領域の光を用いた場合は赤外分光法と呼ばれます。図2に示すように、3個の水分子が入っているクラスターでは幾つかの配置のパターンが考えられますが、赤外分光法によりそれらを区別できます。
従って、質量分析計でクラスターの分子数を特定しながら、赤外分光法で測定することで、Co+イオンが段階的に溶媒和していく様子を分子レベルで調査できるのです。
研究を進めていくと、4個の水分子が入ったクラスターで面白い事が起こりました。
クラスター中の水分子を1個、2個、…と増やすと、水分子はCo+イオンの周りに配位していきます。3個の水分子が入ったクラスターは、図3(左)に示すようなT字型の平面的な3配位構造であることがわかりました。このT字型構造にはもう1個の水分子がCo+イオンに結合できる余地があるため、Co+(H2O)4では平面的な四角形の4配位構造になるであろうと予想されます。
ところが、Co+(H2O)4の赤外分光を行なった結果、四角形の4配位構造にはなっていませんでした。4個目の水分子はCo+イオンではなく、T字型構造の水分子と水素結合している事がわかりました (図3中、右)。これは、4個目の水分子はCo+イオンに配位せず、不飽和な3配位の状態になるという事です。Co+イオンの水和初期過程において、配位不飽和なT字型構造が形成されることが今回の研究で明らかになりました。
今後の展望について古川さんは、「今回の研究では水和構造の解析を行ないましたが、金属触媒を気相クラスターとして取り出して解析する事で化学反応機構の解明へと発展するような研究ができればいいと考えています。」と話しています。
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