自発的に動く粒子(アクティブマター)が集団運動を出現させる仕組みとその共通性を理解する研究が近年注目を集めています。アクティブマターの代表であるバクテリア集団を円形境界に閉じ込めると渦運動が出現しますが、この根底にあるメカニズムは明らかになっていません。複雑流体研究室の別府さんらは、自由にデザインされた境界を用いた実験を行い数理モデルと結びつけることで渦の集団的パターンを操る仕組みを明らかにし、たったひとつの数式で示すことに成功しました。研究成果はSoft Matterに発表されました。
我々人間を含む多数の生き物が、集まって群れをなします。これらの生物種では、単独で暮らすよりは、寄り集まり、社会をつくって集団として生き抜くことが本能であるともいえます。身近でみることができるマクロスケール(約1メートル〜100メートル)の群れの例としては、水族館で目にする美しい魚の渦、大空を自由に飛び回る鳥の大集団、牧場でひとかたまりになって牧羊犬から逃げまわる羊の群れなどがあります。これらは誰しもが一度は目にしたことがあるでしょう。また、肉眼では見えないミクロスケール(100万分の1〜10万分の1メートル)のとても小さな微生物や細胞にも群れは存在します。群れをつくる生き物の大きさは微生物とヒツジとでは約1億倍も異なるのに、群れをつくるという点では共通する性質があります。なぜでしょうか?
この謎をとく手がかりは、生き物の「うごき」にあります。微生物、細胞、そして動物のような個体は外界から栄養源をとりこみ、体の内部で運動のエネルギーに変換しています。そして、外から押されたり引っ張られたりしなくても、自分で動く仕組みを持っています。こうした外界の状況に影響されずに、自ら運動する機構に注目し、群れが出来る仕組みとその共通性(普遍性)を理解する研究が近年注目を集めています。
自ら動く物質を総称してアクティブマターと呼びます。アクティブマターは個々の要素がバラバラな動きをしていても、それが集団になると渦や群れなどの特徴的な運動様相を示すことがあります。さらに、種類や大きさが全く異なるものでも共通したふるまいを見せることが知られており、それらすべてを貫く普遍法則を解明することがアクティブマター物理学の中心的課題です。このような群れ運動に対する物理学からの具体的なアプローチとして、Vicsekモデル(図2)という代表的な数理モデルがあります。このモデルのエッセンスは、(1) 近傍の粒子同士で向きを揃えようとする相互作用が働く、(2) 粒子は一定速度で動く、という性質です。ニュートンの運動法則になぞらえると、運動エネルギーは保存されているものの、運動量が保存しない系であり、単なる質点の衝突とは異なることがわかります。そして自発的に動く粒子集団のふるまいをシミュレーションすると、向きを揃えようとする相互作用が有効に働く条件下において、自発的に群れが発生します。単純な規則を与えるだけで多種多様な生物が示す群れ運動を統一的にあらわせるという事実は、群れ運動の背後にある普遍的な物理法則の存在を示唆しているのです。
アクティブマターの代表として知られているのが単細胞生物のバクテリアです。境界が存在しない二次元平面で、高密度のバクテリア集団は局所的に運動方向を揃えてさまざまな大きさの渦やジェット流が混在する集団運動を出現させることが知られています。
さらに、そのバクテリア集団を適切な大きさの円形境界に閉じ込めると、単一の渦運動が出現することが示されています。しかし、このような集団運動の一種である渦運動も出現の根底にあるメカニズムはまだ明らかになっていません。そこで別府さんらの研究グループは、マイクロ流体デバイスを使用することによって境界を自由にデザインし、どのようにしてバクテリア集団が多彩な集団運動パターンを示すのか、そのメカニズムの解明を目指しました。
渦には時計回りと反時計回り、2つの回転の向きがあることが容易に想像できます。では、渦が2つ、3つ、4つ、・・・と増えていくに連れて、とりえるパターンの数も爆発的に増えていきます。すると人間の目には、「複雑な」集団運動があるとしか見えなくなってしまいます。しかし、本当にそうなのでしょうか?集団運動のなかにある多数の渦がどのように巻くのか、そして自由自在にあやつることは不可能なのでしょうか?別府さんらは渦の集団的パターンを操る仕組みを明らかにし、たったひとつの数式で示すことに成功しました。
まず別府さんらは、2つの渦巻き運動を調べることにしました。単一の円形から境界形状を少し複雑化し、同じ大きさの円を2つ組み合わせたピーナッツ型のマイクロウェルを何種類も作成しました。このマイクロウェル中でバクテリア集団は、同じ向きに回転する2つの渦からなる渦ペア(動画1)、もしくは互いに反対向きに回転する2つの渦からなる渦ペア(動画2)をとります。ここで注目すべきは、この幾何形状は円の半径Rと2つの円の中心間距離Δの二つの幾何学的な量だけで定まることです(図3a)。また、仰角φをΔ/(2R) = cosφで定めることができ、相似的な形を保ちながらバクテリアを閉じ込める面積を変えることも可能です。
ピーナッツ型の円半径Rは保ちながら、距離Δを変えていくと興味深いことがわかりました。Δが小さいときは回転の向きが同じ渦ペアが出現するのですが(図3b中段)、Δを大きくするにつれて、回転の向きが反対である渦ペアへ転移することがわかりました(図3b下段)。そして、パターンが切り替わる点を転移点と定め、転移点となる距離Δcを詳しく調べると、その長さは半径Rが大きくなると変化することがわかりました。特に距離Δcには規則性がないかと思われたのですが、実は半径Rとの比率をとると、転移点ではΔc/Rが常に1.4程度であることがわかりました。
これらのパターンの転移のメカニズムを明らかにするために集団運動の物理モデルであるVicsekモデルに基づいた理論的解析を行いました。バクテリアの渦同士がぶつかり、お互いに向きを揃えようとする際、境界形状の仰角がφc = π/4であるときにのみ時計回り・反時計回りが同じ確率で生じることがわかりました。ここでcos(π/4) = 1/√2より、2つの渦パターンが等確率で出現する幾何的条件が
Δc/R = 2cosφc = √2(= 1.4142…)
と求まります。これは、先ほどの実験結果Δc/R = 1.4と正確に一致しています。
さらにこの幾何的条件が複雑なパターンにも成立するかを調べるため、4つの円を組み合わせたクローバー型境界での集団運動も解析しました(図4)。この場合にも、Δ/R < √2であれば回転の向きが揃い、Δ/R > √2であれば反対向きの回転で複数の渦が整列するパターンを予測できました。したがって、得られた幾何法則の予測は実験と一致し、より複雑な状況に現れる多彩なパターンを説明しうるといえます。そして、意外な発見もありました。縦も横も、いずれでもΔ/R = √2に近いクローバー型境界では、「時計回りの渦が3つ・反時計回りの渦が1つ」といったような、バランスがくずれた特徴的なパターンが出現することがわかりました。転移点から離れるとこのようなパターンは起こらなくなることから、隣り合う渦同士は転移点近傍において時計回り・反時計回りを区別しないと考えられます。
面白いことに、類似した幾何法則が生命現象とは無縁なところにも登場することがわかってきました。例えば、超伝導体の性質が変化する転移点、渦巻く雲が列をなすカルマン渦の出現などが挙げられます。詳細はまだわかっていませんが、今後の研究の進展によって、物質と生命を貫く普遍的な性質に関する手がかりがつかめるかもしれません。
別府さんらの研究成果は、我々の日常生活にも関連することが期待されます。たとえば火事などの災害時に人々はパニック状態に陥り、整然とした避難行動をとれなくなることがあります。そんなとき、境界として働く壁の幾何形状を物理学の知見から設計することによって、多数の人々を効率的に避難させることができるかもしれません。
またアクティブマターには、自動車やドローンなどの機械も含まれます。人工知能を搭載した自動車の渋滞回避や、魚や鳥の群れのように互いに衝突せずに安全かつ効率的な運転が求められるドローンの集団的な自動運転の実現などの将来的な課題に対しても、大いに貢献すると考えられます。
発想はシンプルで、すぐにできそうと思いましたが、バクテリアの集団運動がみえるまでに多くの苦労がありました。そのたびに様々な解決策を考えて試行錯誤を繰り返し、集団運動が現れる実験系に辿り着いたときは大きな感動がありました。実験ができるようになっても、どのような法則があるのかは最初よくわかりませんでしたが、指導教員と議論をしていたときに、解析的に幾何法則が出現することに気がつきました。
「シンプルさ」にこだわった結果、狙い澄まされたかのように全てが繋がる幸運に恵まれました。
実は、バクテリア集団運動をテーマに平成29年3月に筑波大学で行われた第7回サイエンスインカレの本戦に出場する機会を得ました。アクティブマター物理学は非常に新しい分野でありながらも、本選出場チームに選んで頂き、審査では貴重なコメントをいただきました。
卒業研究が学術雑誌に掲載されたのも、アクティブマターの物理学は研究の最前線との距離感も近いためです。僕たちのような学生でもパイオニアになれる、魅力的な学問であると改めて感じました。
より詳しく知りたい方は・・・