持続可能な社会を実現するためには、再生可能エネルギーから得られる電気エネルギーを貯めておき、必要に応じて分配することが重要です。近年、電気エネルギーを化学物質の合成に使うことで、化学物質にエネルギーを貯蔵する試みがなされています。カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 (WPI-I²CNER) の貞清正彰助教らの研究グループは、貯蔵性や輸送性に優れた化学物質としてグリコール酸へ着目し、電力のみを用いてシュウ酸からグリコール酸を連続的に生成する装置の開発に成功しました。装置動作時の条件を変えて最適化をおこなったところ、エネルギーの変換効率が49.6 %に達しました。また、室温における飽和溶液に近いシュウ酸溶液を流入したところ、ほぼ100 %のシュウ酸をグリコール酸へと転化することができました。研究成果は Scientific Reports に掲載されました。
資源エネルギー庁の資料『エネルギー白書 2017 )』によると、日本ではエネルギー需要のおよそ 9 割を化石燃料の輸入に頼っています。化石燃料は限りある資源であるため、その一部を再生可能エネルギーで補うことが求められています。再生可能エネルギーの源としては、風力発電や太陽光発電などが挙げられますが、それらの発電量は時間や場所に左右され供給が安定していません。そのため、得られた電力を一時的に貯蔵し、必要に応じて輸送する方法を開発することが重要となります。
近年、再生可能エネルギーから得られた電力で化学物質を合成し、エネルギーを貯蔵する研究が注目を集めています。電力による合成が簡単で、貯蔵や輸送に適した化学物質は、エネルギーキャリアと呼ばれています。従来は水素が主なエネルギーキャリアだと考えられていましたが、近年では水素の利用に難点があることが分かってきました。水素は常温で気体であり、体積あたりのエネルギー密度は高くありません。そのため、高圧をかけて体積を減らしたり、極低温にして液体水素にしたりするなどの工夫がなされています。しかし、水素は化学的に反応しやすく、爆発性をもち、金属原子に侵入して脆くするため、貯蔵や輸送において余分なコストやエネルギーが生じてしまいます。
水素に代わる次世代燃料として、アルコールは有力な候補となりえます。アルコールは一般に化学的に安定であり、爆発性が弱く、腐食しにくい物質です。また、室温で液体または水溶性の固体であるため、水素に比べて高いエネルギー密度を示します。そこで本研究では、アルコールの一種であるグリコール酸に着目し、シュウ酸からグリコール酸を連続的に生成する装置の開発をおこないました。グリコール酸の原料となる酸化体であるシュウ酸は植物にも含まれており、自然界には膨大な供給源があると期待されます。
アルコールの酸化体であるカルボン酸を電気化学的に還元し、再びアルコールを合成することは一般的に困難です。近年、WPI-I²CNER の山内美穂教授らの研究グループにより、電力のみを用いてシュウ酸からグリコール酸を合成する方法が報告されました (Watanabe et al. (2015))。このときの実験装置の概念図を図1 (a) に示します。陰極と陽極では、それぞれ次式の反応がおこります。
陰極ではシュウ酸 (HOOC−COOH) の 4 電子還元反応がおこり、グリコール酸 (HOOC−CH2OH) が合成されます。陽極では水の酸化反応がおこります。陰極反応の触媒として、酸化チタン (anatase TiO2) を用いています。
この装置を実用化するにあたり、グリコール酸を連続的に合成するような改良が必須です。図1 (a) の装置では、電解質である硫酸ナトリウムが生成物と混在してしまいます。また、グリコール酸で溶液が飽和されるたびに、反応液を交換しなければなりません。これらの欠点を克服するため、新たな電解装置として固体高分子型アルコール電解合成装置 (PEAEC) を開発しました。PEAEC の概念図を図1 (b) に描いています。PEAEC は、反応槽と膜⁄電極接合体から構成されています。膜 ⁄ 電極接合体は、固体高分子膜と電極とを貼り合わせたもので、固体高分子膜が電解質としてはたらくため、硫酸ナトリウムなどの電解質を反応液へ添加する必要がありません。また、流通式を採用しており、シュウ酸が逐次的にグリコール酸へと変わるため、連続運転が可能となっています。
PEAEC の構成要素を図2に示します。
陽極と固体高分子膜については一般的なものを採用しました。陽極には酸化イリジウム触媒を塗布した多孔質カーボン電極 (IrO2 / GDL) を用いて、固体高分子膜には Nafion® を用いました。陰極側には工夫を施しました。反応液が浸透できるように、Tiを繊維状に織り込んだもの (Ti-M[1],Ti-F[2]) を電極にしました。さらにTi繊維の表面にTiO2触媒を成長させることで、溶液と触媒との接触面積を稼ぎ、より反応しやすくしました。TiO2触媒が結晶化する過程を図3に示します。2 段階の水熱合成と呼ばれる反応 (Ti → H2Ti2O5·H2O → TiO2) を経て、Ti繊維の周りにTiO2触媒がコーティングされる様子を見て取れます。
PEAEC を動作する際に重要な指標として、シュウ酸の転化率とエネルギーの変換効率があります。一方、PEAEC 動作時の設定で変えられるものとして、溶液の温度、装置にかける電圧、体積あたりのシュウ酸の量、時間あたりに流すシュウ酸の量、反応領域の面積、触媒の量、Ti繊維の織り方 (Ti-M,Ti-F) などが挙げられます。これらの設定を色々と変えてみて、2 つの指標が良い値を示すように装置の最適化をおこないました。
エネルギーの変換効率ηGC は、
で表されます。したがって、ηGC を大きくするためには、電極に流れる電流がシュウ酸の反応だけに使われなければなりません。つまり、ファラデー効率[3]を大きくすることが重要です。ファラデー効率が低下する主要因は、陰極における水素の発生にあります。水素の発生は、水素イオンが電子を受け取る反応 (2H+ + 2e− → H2) で起こるため、あきらかにシュウ酸の反応と競合します。したがって、水素の発生に対する過電圧[4]を高くして、シュウ酸の反応を選択的に起こす触媒が必要となります。図4は、陽極の電位と発生した電流との関係を、温度ごとに描いたものです。黒線 (blank) は水のみを電気分解した結果を示しており、どの電位から水素が出始めるかを教えてくれます。例えば、50 ℃の溶液では− 0.5 V (vs RHE) 程度から水素が出始めています。一方、色付きの線 (0.03 M OX) はシュウ酸水溶液の電気分解の結果を表しており、シュウ酸の反応と水素の発生で流れた電流の和となります。つまり、黒線と色付き線が離れているほど、シュウ酸の反応が選択的に起こっていると言えます。今回陰極に用いたTiO2触媒では60 ℃で最も差が大きいことから、最適な温度を60 ℃と定められます。温度以外の条件もさまざまに変えたところ、最終的にはエネルギー変換効率が49.6 %に達しました。また、室温における飽和溶液に近い1 Mシュウ酸溶液を用いて、ほぼ100 %(99.8 %) のシュウ酸をグリコール酸へと転化することも達成できました。
流通式の固体高分子型アルコール電解装置 PEAEC を開発し、シュウ酸をグリコール酸へと連続的に変換することに成功しました。この装置には不純物を添加する必要がなく、電力のみで反応を駆動できます。陰極にはTi繊維の織物を用いており、2 段階の水熱反応を通してTi繊維上にTiO2触媒を成長させました。この陰極は優れた基質透過性を有し、シュウ酸の反応に対して高い選択性を示しました。PEAEC の設定を最適化することで、室温において1 Mのシュウ酸溶液をほぼ100 %の割合でグリコール酸へと変換できました。また、最大49.6 %のエネルギー変換効率を達成しました。今後、エネルギー変換デバイスとして、流通式 PEAEC を使ったアルコール生成が新たな候補になることを期待しています。
本研究の成果は、科学技術振興機構 CREST 研究領域「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」(課題番号:JPMJCR1542、研究課題:ナノハイブリッド材料創製に基づくクリーンアルコール合成システムのデザインと構築、研究代表者:山内美穂) の支援により得られたものです。
最初の試作機では、数 % のシュウ酸しか転化することができませんでしたが、様々な最適化を経て性能は大きく向上しました。固体高分子を用いた流通式電解合成装置自体は既存の技術ですが、いくつかの既存の技術を組み合わせることで、目的とする新たなデバイスを生み出すことが可能になると実感しました。
Note:
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