ほぼ全ての生物には体内時計が存在します。ヒトも例外ではありません。夜には眠り、朝には目が覚めてきます。こうした体内の「時間」は、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群によって作り出されると考えられています。しかし、サンゴやクラゲの仲間であるヒドラには、主要な時計遺伝子が存在しないことが分かっていました。そこで本研究では、あえてヒドラの日内変動を調べることで、まったく新しい観点から体内時計の起源に迫りました。ヒドラの行動を詳細に解析したところ、昼夜のサイクルに同調した行動を示しました。また、遺伝子レベルでの日内変動を調べてみると、ヒドラが持つ約 24,000 個の遺伝子のうち 380 個の遺伝子の発現には、約 24 時間の周期性が見られました。ヒドラは時計遺伝子を持たないにも関わらず、周囲の環境変化に応じて 1 日のリズムを作り、生体機能を調節していると考えられます。体内時計の意義を探る上で、ヒドラが大きな可能性を秘めていることが期待されます。研究成果は、Zoological Letters に掲載されました。
ほ乳類をはじめとして昆虫や植物、菌類など、ほぼ全ての生物には体内時計が存在します。1 日の時間を測り、時刻に合った行動をとるのは、多くの生物にとって合理的なのでしょう。このような概日リズム[1]は、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群によって作り出されることが分かっています。時計遺伝子の発見と機能の解明に貢献したジェフリー・ホール博士、マイケル・ロスバッシュ博士、マイケル・ヤング博士の 3 氏は、2017 年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
ヒドラという動物は、刺胞動物に属するサンゴやクラゲの仲間であり、強い再生能力を持つことで有名です (図1)。しばしば高校の生物の教科書や資料集などでも紹介されています。2010 年にヒドラのゲノムが解読されましたが、その際、ヒドラには主要な時計遺伝子が存在しないことが指摘されていました。
私はもともと、異なるテーマでヒドラを研究していましたが、ショウジョウバエの概日リズムを研究されている伊藤太一助教 (九州大学基幹教育院) とお話しする中で、「体内時計について知るには、あえて時計遺伝子を持たない生物を調べると面白いのではないか」という発想が生まれました。そこでヒドラを研究されている小早川義尚教授 (九州大学基幹教育院) にも協力をお願いし、私と伊藤助教、小早川教授の 3 人で共同研究をスタートしました。
ヒドラの日内変動を調べるにあたり、「行動の変化」と「遺伝子発現の変化」に着目することにしました。ヒドラの行動に着目した研究にはほとんど前例がなかったため、まずはヒドラの行動を解析するためのシステムを開発しました。ヒドラの行動を赤外線カメラで撮影し、フレーム間差分法という手法によりヒドラの動きを自動的に検出するシステムを構築しました (図2)。
自動化する上でプログラミングの知識が必要となるのですが、当初は全くの素人であったため、プログラミングに詳しい友人には何度も相談させてもらいました。解析システムを構築するまでに 1 年弱かかってしまいましたが、ヒドラの行動をほぼ全自動で解析できるようになりました。
一方、遺伝子発現の変化についてはマイクロアレイ[2]と呼ばれる技術を用いて解析しました。ヒドラには約 24,000 個の遺伝子がありますが、それらの発現を一度に解析することができます。24 時間のうち 4 時間おきに 6 回ヒドラを採取し、時刻に応じた遺伝子発現の変化を調べました。
ヒドラの行動を詳細に解析したところ、ヒドラは昼夜のサイクル (12時間明・12時間暗) に同調した行動を示すことが分かりました (図4)。行動は昼に多くなり、夜には少なくなりました。
この行動は一見すると時計遺伝子によるものと思われますが、実際は時計遺伝子とは関係がありません。常に明るい条件下や常に暗い条件下で実験してみると、行動に周期性が見られなかったからです。したがって、ヒドラの行動における昼夜サイクルは、ヒドラが明暗を区別したことによる変動だと考えられます。
一方で、遺伝子発現を大規模に解析すると興味深い結果が得られました。各時刻に依存した遺伝子発現データに対して 3 つのアルゴリズム[3]を適用し、周期的な発現を示す遺伝子を探索しました。その結果、約 24,000 個の遺伝子のうち380 個の遺伝子の発現に約 24 時間の周期性がありました (図5)。
さらに、それらの遺伝子の一部が、時計遺伝子を持つ近縁の動物種で周期性が観察されている遺伝子と共通[4]でした。ヒドラは時計遺伝子を持たないにも関わらず、周囲の環境変化に応じて 1 日のリズムを作り出し、時計遺伝子を持つ生物のようにして生体機能を調節していると考えられます。
ヒドラ以外の刺胞動物は時計遺伝子を有しているため、ヒドラは進化の過程で時計遺伝子を失ったものと考えられます。なぜヒドラは時計遺伝子を失い、そして失ったにも関わらず周期性のあるライフスタイルを持っているのでしょうか。体内時計の意義を探る上で、ヒドラが大きな可能性を秘めていると期待されます。
今回の研究成果は、どちらかというと現象を報告したに過ぎません。体内時計を持つ生物とヒドラを詳細に比較することで、体内時計の本来の意義が浮き彫りになってくると考えています。さらに、今後はヒドラを用いて、睡眠などの体内時計と密接に関わる現象について調べていきたいと思います。
本研究は、九州大学基金 支援助成事業「山川賞」によるサポートのもとでおこなわれました (山川賞についてはこちら)。この場を借りて支援者の皆さまへお礼申し上げます。
私は研究が好きで、学部 1 年次から研究室で研究を行ってきました。様々な分野の研究者の方と協力・議論することが、今回の研究の成果につながったと思います。
ヒドラという変わった生物を用いることで、生命現象 (今回だと体内時計) の本質が見えてくるかもしれません。他の人と違った切り口で研究を行うのは、非常にエキサイティングだと感じました。
Note:
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